4、あやべB級グルメフェスタ

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4、あやべB級グルメフェスタ

グルメ大会の会場は、駅からは東に五分ほど歩いた神栄テクノロジー綾部工場の広大な敷地の中に設営されていた。
「うわあ、どれから行こうか!」
入口を入った途端にご婦人方の目がいきいきと輝いて、身のこなしが明らかに軽くなっている。
会場入り口左にグルメ大会本部と受付があって、投票所がある。
まず、一枚百円で十枚が刷り込まれた千円の食事チケットを購入、ブースでグルメ購入時に投票用紙を貰い、食事を済ませてからアンケー

トと共に投票し抽選会にも参加できる。参加者にも豪華景品、投票で優勝グルメが決まるのだ。
その左奥が飲食スペースで、テーブル、イス、ゴミ籠などがあり、満席の客が夢中で様々なB級グルメ食を口にしている。
さらに、会場敷地を逆L字型に出店が並び、左から一番ニ番と右に並び、七から十番と斜めに四店舗、十一から二十番が右奥から入口に向

かって右側に並んでいて、どの店にも長蛇の列が出来ている。
会場はすでに熱気に包まれ、大勢の人群れでごった返していて取材どころではない。
忘れずに雑踏風景をカメラに収めた小太郎の鼻孔を、食べ物の匂いが刺激して食欲をそそり腹が鳴く。
ミツエが素早く指示を出した。
「まずは席探しからね。私と芳江さんがコンビで、栄子さんと喜美代さんが一緒に」
「OK、では行ってきまーす」
種馬主婦の栄子と長身の金井喜美代が人ごみに消えた。
「大橋さんは取材でしょ?」
「そうです」
「だったら、荷物番と食べるだけでいいですからね。投票は私たちでします。出費は全て取材費でお願いします」
「投票?」
「去年もわたしたちは一位から五位までバッチリ当てて、景品も頂いてるんです」
「予算は?」
「とりあえず、一万三千円分チケットを購入、立て替えておきます。これで充分間に合いますから」
取材費など預かっていない。全て自腹だが、女性との食事に男の出費は常識だから仕方ない。
早くも人混みの中から、種馬主婦の唐沢栄子の叫ぶ声が聞こえた。
「ミツエさん。ここのご家族五人さん、すぐ食べ終わって席を空けてくれるそうですよ!」
「よかった、大橋さんは、あそこに行って、栄子さんと席を確保してて! わたしたち食べ物を運ぶから」
混雑の中で素早く食事中のグループと交渉して、早めに席を立たすテクニックだけでも驚嘆に値する。
長身の金井喜美代が手を上に伸ばして振っているから、人ごみでも居場所はすぐ分かった。
背後に三人も立っていられたら落ちついて食事などは無理、追い立てられるように家族連れが去った、
小太郎を座らせ、卓上に細かく荷物を置いて五人の席を確保して栄子が言った。
「このテーブルには誰も座らせないでよ」
栄子ら二人組が消え、小太郎は一人でテーブルという城を死守しなければならない。
「空いてますか?」「五人います」の会話で、次々と現れる新手の敵を追い払っていた。
やがて、それぞれが食事を持って戻ってきた。冷たい日本茶のペットボトルも十本以上、慣れたものだ。
しかし、総勢五人なのに違うメニューが二ケづつ四っつ、全員がこれで腰を据えて慌てる様子がない。
「では、B級グルメ品評会を、わたしたち五人で個人的に始めます」
ミツエがシステムを説明する。
「今回も全グルメを賞味します。大橋さんは全品一つづつ、わたしたちは一つを四人で食べます」
「これは出店一番のサバサンド、こちらは二番の小濱ラーメン、あと二十番と、この三種が外来種です」
「外来種? 輸入なの?」
「綾部市以外からの参加ってことですよ。これから続々と昨年の市内産入賞メニューが・・・」
「おっと、栄子さん。昨年の順位は言わないでね。大橋さんの味覚カンを狂わすから」
ミツエが続けた。
「大橋さんが一つづつ評価を言ってくだされば、それを栄子さんがメモして差し上げます。これでで取材は完璧でしょ?」
「それは有り難い。でも、全部は食べられませんよ」
「大丈夫よ。二十店舗出てるけど、十番コーナーは飲み物だから、食事は十九しかないのよ」
「さあ、食べて! わたしたちも食べますから」
小太郎が夢中で食事をしながら、ブツブツ思いつきを言うと、栄子が手帳にそれを書き込んでゆく。
当然ながら、ご婦人がたも品評するのだが、こちらはかなり厳しい口調で批判的な発言が続いていた。
ただ、この批判は市民のほんの一部のご婦人の私的な意見だから会報には載せにくい。
小太郎の場合は楽天的で前向き、満足感が先に出る。、
「サバサンドは、イチゴと生クリームでサバの臭みが消え、絶妙の味です」
まず、出た料理はデジカメで写真に収め、後で入賞が決まったのだけを会報に載せればいい。
小太郎は甘口サンドを一気に食べ終ると、汁ものが欲しくなり小浜ラーメンに手が伸び、汁も残さずに飲んだ。
「小浜ラーメンは、サッパリ味で大きなチャーシューも柔らかで美味、いうことありません」
コップの水を飲んでいると、目の前に、うどんとカレーが並んでいる。
「これが三番店・焼き肉の花山自慢のホルモン煮込みうどん、こちらが四番・綾部特産品研究会の尊氏煮込みカレーです」
どちらも魅力的だが、ラーメンの後だけにうどんには違和感がある。ひとまず足利尊氏との一戦を先に選んだ。
「ん・・・美味い!」
書記役の栄子が得意げに注釈をつける。
「足利尊氏は綾部市で生まれ、そのゆかりの寺が門が国宝の安国寺、その奥山の紅葉を現したのがこのカレーです」
「なるほど。紅葉がこの食紅で染めた麩で、緑がミズナですか?」
食べてみると、抹茶をまぶしてカラ上げにしたという上林鶏がカレーに合ってなかなかの美味なのだ。
カレーを食べ終わった小太郎は、思わず「フー」と大きく息を吐いて、さり気なく腰のベルトを緩めた。
目の前の「ホルモン肉うどん」が圧倒的なパワーで小太郎に迫ってくる感じなのだ。
「これが、花山自慢の牛ホルモン、一度食べたら誰でも病みつきになるのよ」
まるで花山のまわしもののような栄子にのせられて小太郎は、一気にうどんを平らげた。
見た目のギトギトした感じと違って、綾部産の新鮮な野菜をたっぷり投入した作戦が見事に当たって絶妙な味がする。
「これはいい」
冷たいお茶を一口飲んで前を見ると、うどんの紙容器が去り、新たな敵が目の間に出されていた。