6、ゲストの乱入

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6、ゲストの乱入

ミツエが、ルールの変更を提案した。
「大橋さんのペースが落ちて完食できないと、捨てるゴミの分が増えます。勿体ないと思いませんか?」
「確かに、その通りだわ」
「それを捨てないですむ方法は、大橋さんと栄子さんが一緒に食べることです」
「えっ、わたしが大橋さんと? いいの?」
「一人対四人を二対三にするの」
「どのように?」
「二つ買って、一つは大橋さんと栄子さんの二人、一つはわたしたち三人で食べます」
「嬉しい!」
唐沢栄子が満面の笑顔で、嬉々として小太郎を見た。
「一緒に食べるなら、ぼくにも人選の権利はあるはずだけど」
「ありません!」
「ミツエさんの声は天の声、これで決まりです」
栄子がきっぱりと宣言した。
小太郎は面白くない。あとの三人なら誰でもいいのに、と腹の中で呟いている。
その間にも、金井喜美代が運んできた十四番と十五番が並んでいる。
喜美代が解説をつける。
「十四番は、当地名産の上林鶏に白ネギや芋を加えての鉄板焼きに醤油ペースの和風ダレで仕上げた、倶楽部あやべの傑作・かしわの甘露煮です」
なるほど、これなら美味しく食べられる。満腹で苦しい小太郎は暫く休んで、後で一気に食べることにした。
自分が残さなければ、このような不毛で次元の低い論争は起こらないはずだからだ。
「十五番は、京・あやの陽だまり提供の綾部特産の鶏肉入りの栗ご飯、パクパクおこわです」
ご婦人がたの論争はまだ続いている。外見は温厚そうな安東芳江が、さり気なく言った。
「豚が食べるんなら、栄子さんが食べたって同じことですよ」
一瞬、間があって、唐沢栄子が怒った。
「芳江さんは、わたしと豚を一緒にみてるの?」
「気になりますか?」
「なりますよ。どこが豚と似てるんです?」
「デリカシーのないところですよ。ふつう、男の人と同じ食器の食べ物を食べるなんて遠慮するものですよ」
「お互いに好意を持っていたら?」
「お互いに? お相手が迷惑だったら?」
「そんなことありません!」
人ごみをかき分けてそこに現れたのが西山隆夫だった。同伴者が五人もいて、その分だけ席がない。
金井喜美代が驚いた顔で西山部長を見た。
「なんで? 隆夫さん、この大橋さんと知り合いなの?」
ミツエがさらに驚いている。
「え、喜美代さんと西山さん、どんな関係?」
西山部長が、驚いたのと呆れたのと羨ましいのをかき混ぜた顔で小太郎を見た。
「小太郎君! まさか、まだ三日目だというのにナンパを成功させたんじゃないだろうな?」
「違うよ」
「どう違うんだ。説明してみろ」
「取材先で知り合って・・・」
「皆さんに紹介する。この大橋小太郎君は私の命の恩人、金井喜美代さんは同級生の妹、蔵林ミツエさんは綾部市女性会の役員でちょこちょ
こ顔を合わせます。以上、怪しい仲などここには一人もいません」
「では、ここ以外にいるってことですな?」
その時、少し離れたテーブルの家族連れの男が、立ち上がって西山を呼んだ。
「西山部長!」
「なんだ関山君か? 奥さんもお子さんも一緒か?」
「席を空けます。ちょうど五人、どうぞこちらに」
安東芳江が、すかさず隣のテーブルの学生たちに千円分のチケット手渡して席替えを交渉している。
「わあ、嬉しい!」
学生が歓声を上げて席を移動し、遠来の客らしい五人も無事に座席を確保してグルメに挑戦が出来る。
「行きつけの赤坂の料亭の料理と、食べ比べてみますかな」
ゲストで一番若い男がメニューを見ながら呟いている。
「我々の関係は後にして、ひとまずゲストを紹介します。私は市役所定住部部長の西山隆夫です」
そこで、ゲストの紹介を始めた。その間に小太郎は小休止して食事の手を休めている。
「初めに叔父の西山義信さん、某航空会社の元役員で今は企業コンサルタント。あとは叔父に任せます」
元航空会社の重役さん、さすがに貫禄と風格がある。
「私は上林出身で綾部高校を出ました。時代は違いますが川崎市長の先輩です」
こう語り始めたら、飲食スペースの雑然とした雰囲気が静まり、周囲の人達が箸を止めて西山叔父の演説に耳を傾けている。
「さて、遠路はるばる、この綾部の地を訪れたゲストを紹介します。こちらは沖縄の翁木さん、国際的に活躍する名士です」
翁木氏が立ち上がって婦人たちに頭を下げたので、あちこちから拍手が沸き、次のゲストも立たなければならなくなった。
「つぎは東京の宮中さん、若き実業家で青年会議所役員で活躍中、未来の総理候補です。こちらは平川さん、大手元出版社部長で現在は俳句の先生。あとは築地の花村さん、作家ですが著作はあまり知りません」
西山叔父が頭を下げると盛大な拍手で盛り上がった。
ご婦人たちはテーブルにそのままの自己紹介でそれぞれの名を名乗ったが、その後が問題だった。ご婦人がたけが額を集めてコソコソ何やら話し始めて結論がでたらしい。
ミツエが代表して、男たちに発表した。
「人気投票は連で二名づつ名を挙げました。一位はダントツで若き実業家の宮中さん、満票です。理由はお金持ちでタフそうで何よりも若さとイケメンが決め手です。ニ位は貫禄の西山叔父さん、三位は市役所の西山さん、四位は沖縄の名士さん。五位が俳句の先生、六位のブービーが大橋さん、若さは魅力ですがお金がなさそうで、ラストは一票も入らなかった作家さん、お気の毒です。これは公平な審査ですから恨まないでください」
これで小太郎の立場が変わった。もう誰も小太郎には近づかない。女性陣と男性のゲストが和気あいあい、メニューで話し合いながらブースに足を運び、ミツエと宮中青年などは腕を組んで歩いている。
哀れなのは作家の花村先生だった。見かねた小太郎が、女性陣が運んでくれた、かしわの甘露煮とボイル焼き「パクパクおこわ」を味見だけして、お茶のペットボトル付きで提供したから、作家の先生が無精ひげを震わせて喜んでくれた。
小太郎もこれを食べずに済んで命拾いをした心地がする。
「昨夜はろくに話もできずに失礼した。では、遠慮なく頂くよ」
「どうぞ。先生は、あの金毘羅まつりを小説に書くんですか?」
「まあ、その気になったらね」
「楽しみにしてます」
これは小太郎の本音だった。この花村にあの奇妙な祭りのなぞ解きが出来るのか?
それにしてもあと少し、顔も見ていないB級グルメがあるのが残念だった。
十六のおなかぐーぐー提供の梅やきそば、十七番の綾部ふれあい牧場のげんきもりもり丼、十八番のあず木提供の丹香麺(タンカオメン)、十九番のあじき堂の豆富あんかけ蕎麦、外来の二十番は有名な厚木シロコロ・ホルモン、どれもが食べたいものばかりだったがパンフレットを見るだけではは記事も書けない。
また次回、と思ったが来年のことはまだ分からない。とにかく今は満腹で動けないのが現実だった。