3、席順

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3、席順

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玄関にまわって家に入ると、土間が漆喰(しっくい)で固められ、土間の隅には藁(わら)打ち用の石が土に埋められていた跡がある。土間上の板の間には囲炉裏跡を板張りで塞いで直した個所があるのは、囲炉裏の形に四角く切られた木目の違う板で分かったが、手入れよく磨きがかかっているだけに、注意してみないと分からない。
畳敷きの座敷にも囲炉裏跡があって底板がある。そこに先客が五人いた。
浦入オジが言った。
「皆さん、金刀比羅講前夜祭の帰りに寄ってくれただよ」
その中の一人が西山部長の叔父だった。
「やあ。隆夫君、元気だったか?」
西山が頭を下げた。
「上京の節は世話になりました」
「それより隆夫君。命の恩人ってこの人か?」
「そうです」
「大橋小太郎です」
「隆夫の伯父の西山義信です。よくぞ甥を助けてくれました」
「偶然です」
「こうして甥が、お役所勤めで楽な仕事を続けられるのもあなたのお陰です」
「叔父さん。楽な仕事は余分だよ。これでも市長の片腕として汗水流して働いてるんだから」
「分かった。ひとまず、同行者を紹介するから上がってくれ」
土間に靴を脱いで、板の間を通り座敷に上がると浦入オジが言った。
「冬になれば、ユルイサン跡の底板に電気暖房機を置いてな。このでかい座卓の上に特製の布団をかぶせて堀りごたつにするんじゃ。布団の上にもう一枚、板を乗せるんだ」
西山部長が小声で小太郎に教える。
「ここらでは、昔は囲炉裏のことをユルイサンって言ったんだ」
西山部長が自己紹介と綾部市のPRの後で、付け足すように小太郎を紹介した。
続いて西山伯父に同行した四人が住所と名前だけの自己紹介をした。
それぞれ、沖縄の翁木、東京荒川区の宮中、北区の平川、築地の花村と名乗った。
夫々が何らかの目的で綾部市に来たのかと思ったら、用もないのに西山叔父に誘われて付いて来たらしい。
小太郎が土間側に座ると、浦入源六があわてて席替えを始めた。
土間から一番遠い正面の席にいた築地の花村を立たせて、「済まねえですがムカイ座へ」と横位置にいる翁木と並んで座らせ、その対面に「オンナザだが」と、宮川と西山叔父、土間側には西山隆夫一人を座らせた。
ま正面の主人席と並んで若い小太郎が座ると、土間側に一人で座った西山隆夫が苦言を呈した。
「源六オジ、そこは主人の座だろ? 昔でいえばヨコ座だ。若い大橋君は、ぼくと一緒にここでいいんじゃないのか?」
西山叔父が目を剥いた。
「なにを言う。一族の者が命を助けられたんだ。末席のキジリになんかに座らせられるか」
「でも、それとこれとは別だろ? おれだって綾部市役所の上席部長なんだから」
「お前が死んでたら妻子はどうなる? 綾部市は?」
ハッと気がついたように「綾部市は変わらんな」と西山伯父の声が低くなった。
そこで小太郎も気付いた。ここは封建社会そのままで座るにも席順があるらしい。
主賓席に座るのはバツが悪い。あわてて腰を浮かしたが遅かった。
「お疲れ様です。どうぞお茶替わりに」
燗の利いた茶碗酒を浦入家の奥方が盆で運んで目の前にある。思わず手を出した。
「いかん。まだ帰りの運転があるからな・・・済みませんが、取り上げてください」
西山部長が無粋に言い、小太郎が手にした茶碗を下げるるように奥方に頼んだ。
これでまた、小太郎は「あづ木」に続いて飲酒の好機を逃して二連敗となる。
それから、小太郎と下戸の西山叔父には酒に代えて甘酒が出た。
甘酒を二杯ほど飲んだ西山叔父が調子づいた。
「こちらの翁木さんは、国際的に顔の利く沖縄の名士でして、私が沖縄の「こどもの国」というテーマパークの園長をしてた時にインド象を輸入したんだ。その時に尽力して頂き、その時以来のお付き合いです」
「へえ、ノブさんは象を飼ってたのかね? 庭が広かったんだな」
浦入源六オジが何か勘違いをしている。
「こちらの宮中君は、若いが地元の名士で青年会議所の役員で活躍中、ビル持ちの資産家で、今は、東北第震災で被害が出た福島原発の跡地処理で放射能汚染土地の除染に最善の処理装置を開発して、周辺自治体と共同研究を始めたところです」
「なら、綾部にもその装置の売り込みで来なさったか?」
「そんなケチなことで来たんじゃない。遊休地の有効活用でな。自動車燃料用のキビを植えて農家の経営改善と資産運用のお手伝いをするための現地視察ってところだよ」
「ここら一帯は、若者がいなくなって田畑を耕す労働力がねえ。誰がキビを植えるだ?」
「安い労働力のボランティアを市で募集して耕作を全て任せる、それで立派に生産が成り立つように考えているらしいんだ」
「そうか。そこまでノブさんが言うなら、わしも一肌脱ぐか」
「よろしく頼みます。なにしろ、この宮中君が政界に出たら、総理にもなれる器ですからな」
未来の総理が照れたように頭を下げた。
「こちらの平川さんは、元ダイヤモンド社の編集部長で・・・」
「ダイヤモンドを掘ってなさるのかね?」
「会社の名前だよ。私とは古い仲間で気が合うもんだから、こうして一緒に旅をしてるんだ」
「仕事は何だね?」
「俳人だよ」
「廃人? そうは見えんな。わしから見ると五体満足でまだまだ働けそうだがな?」
「俳諧は、元気な人でも可能だろ?」
「そうかな、元気な人なら徘徊はしないと思った。わしも注意しなきゃ」
「注意? たしかに、ただの五七五だけど奥が深いからな」
「平川五七五さんか? 川端の名は二三三郎(ふささぶろう)だけど」
「その川端先生は、明日、祭りに見えるかね? 郷土史のことで教わりたいんだが」
西山が口を挟んだ。
「こっちも、この大橋君と一緒に、改めて綾部の歴史を教わりたいんだ」
「なら、役所の予算で一席設けろ。市にとって大きなプラスになるぞ」
「ダメですよ。会費制にしましょう。歴史は個人的な趣味ですから」
「分かった。川端先生の家の近くで・・・ワタナベはどうだ? 鍋物も旨いぞ」
「いいでしょう。ところで源六オジ、川端先生は祭りに来ますか?」
「前夜祭に四方(しかた)三知男と一緒に来てて、明日も見えるって言ってたな」
西山伯父が懐かしそうに誰にともなく言った。
「三知男君の母上のたみ子さんは、学校の習字の美人先生で全校生徒の憧れだったな?」
源六オジも懐かしそうに照れながら頷いた。
「わしも大好きだった。同僚の教師で振られて自殺未遂の末、辞めたのがいたぞ」
「ラブレターを書いた学生がいたそうだが、源六さんか?」
西山叔父の追及に源六伯父が慌てて否定し、熱燗を運んできた奥方に睨まれ話題を反らした。
「今じゃ杖なしじゃ歩けないそうだが、たみ子先生の品のよさは相変わらずだ」
それを無視して、西川叔父があわてて付け加えた。
「紹介がラストになったが、花村さんは、なに書いてるんだっけ?」
「雑文です」
無精ひげの花村が無愛想に言った。