1、刑事来訪

Pocket

第六章 平和な街「あやべ 」

 1、刑事来訪

商工会議所の応接室の扉の外に中上専務理事が苛立った表情で立っていた。
「大橋、ちょっとこっちに来い!」
普段は「大橋くん」と呼ぶのに今日に限って呼び捨てなのだ。
中上専務理事が小太郎の上着の袖を掴み、廊下の隅に押し込み顔を寄せた。
「お前たち、なにかやらかしたな?」
「お前たちって?」
「隆夫も一緒だからだ。丸太切り会場から吹っ飛んで来る」
「二人で悪いことですか?」
「今な、そこに警視庁と京都府警など三人の刑事さんが待ってるんだ」
「この忙しいときに。ビンゴの次の取材は何処でしたっけ?」
「そんなのもういい。警察にしょっ引かれるようじゃ、もうダメだ」
「ダメって?」
「もうクビだっていうんだよ」
「まさか、まだ三日目ですよ」
「この名誉ある綾部商工会議所の名に泥は塗れんからな」
そこに、無理して走って来たのか荒い息の西川隆夫が現れた。
「おう来たか、隆夫は役場だからわしには関係ないな」
「先輩、警察なんて、一体何があったんです?」
「何が? わしが聞きたいんだ。ともあれ入れ!」
中上専務理事がドアーを開けて先に入室し、二人が続いた。
挨拶もなにも先に西山隆夫が、一人の刑事の顔を見て頓狂な声を上げた。
「長谷川じゃないか? お前、ここで何してる?」
「何って仕事以外に何がある?」
長谷川と西山の会話を無視して初老の目の鋭い男が応接の椅子から立ち上がり、よれよれの背広の内ポケットから黒茶色の警察手帳を出して、三人に見せた。
「警視庁捜査四課の荒巻八兵衛です」
次いで30代半ばと見える長身の刑事が同じく身分証明の挨拶をした。
「私は警視庁千住署組織犯罪対策課の加賀康孝です」
続いて西山部長と同級生の小太りの男が自己紹介をする。
「京都府警刑事、長谷川宗男、今日は綾部署の署長代行で東京から来たお二人を案内してます」
神山、加納の二人の秘書が様子を見るようにわざわざ二人係でお茶を運び、同情の目で西山と小太郎を見て去った。
全員が応接の椅子に座ると、西川が同級生の気安さで長谷川に聞いた。
「それで、本当の用件は何だ?」
焦る西川を制して、荒巻八兵衛がお茶をすすってから語り始めた。
「まず、お二人に人命救助で警視総監賞が贈られるはずでした?」
中上が驚いた。
「逮捕じゃないんで?」
「逮捕? なにか思い当りが?」
「そんなの、この二人に限っては絶対に有りませんよ」
西川が小太郎の顔を横目でチラと見て言った。
「仮にやったとしても、三百円のビニール傘一本ぐらいかな?」
長谷川刑事が息巻いた。
「それも立派な犯罪だ。被害届があれば逮捕だぞ」
「たかが傘一本でですか?」
「ジャンバルジャンは一かけらのパンで逮捕されたんだ。傘一本でも長期十五年未満の・・・」
西川が口を挟んだ。
「長谷川、おまえは寮の裏の畑からよう西瓜盗みおったな?」
「そんなのとっくに時効さ。窃盗の時効は七年、それに西川、おまえが一番食うとるぞ」
荒巻があきれ顔で話題を変えた。
「京都府警はそんなのも相手にするのかね。ひとまず加賀刑事に説明してもらいます」
加賀刑事が説明を始めた。
「つい先日、本年十一月初旬X日の夕刻十七時十五分、JR北千住駅構内において幼児および視覚障碍者の転落事故があり、ここにいる西川、大橋のご両人が、一命を賭してその二人の一命を救いましたな? 駅員および現場を目撃した顧客の証言でお二人の人相書きが手配され身元調査と同時に、お二人の足取りが判明しました」
「それにしても、なぜ、ここが分かったんです?」
「人相書きだよ。それで二百二十人の千住署全員に触れをまわしたらすぐ見つかった」
「どうして?」
「JR北千住駅東口の商店街にある赤提灯のオヤジが大橋さんが常連であることをゲロしたし・・・」
「なぜ綾部にいるのが分かったんです?」
「一緒に飲んでた中年男性を、常連客の若者が西山さんと呼んでいたそうだ」
「さすが客商売、とぼけたオヤジだがよく覚えていたものですね」
「その西山が、綾部の綾小路って酒を棚から見つけて、郷土自慢と市長の話題で飲んでたそうだ」
「それだけで?」
「大橋君の家まで行ったさ。ま、これだけ揃えば、どこえ逃げたって二人は逃げ切れんな」
「まるで我々は悪者みたいですね?」
「大橋さんの家も調べたが、警察に追われて綾部に逃げたと思って、お袋さんが泣いてたぞ」
「何も悪いことしてませんよ」
「お袋さんは、息子が犯罪人だと思ってるようだな」
「誰だって警察の調べが入ればそう思い込みますよ。しばらくは近所隣りにも気を使うだろうな」
「よし、今、電話するか?」
「やめて下さい。刑事の後でおれが出たら、取り調べ中だと思われるから」
「取り調べ中だぞ」
「冗談じゃない。ところで、人相描きはどうやって?」
まずホームで一部始終をみていた客の携帯写真で五人の人相描きを作ったんだ」
「五人? 四人じゃないですか?」
「ガキだって指名手配のうちだぞ」
「子供なんて特長がないですよ」
「いや。西山さんに抱かれて線路に落ちたときの額のかすり傷が残ってた」
「そんなのすぐ消えますよ」
「その程度でも、医者に見せれば全治一週間の診断書が出る」
「だから?」
「加害者は過失致傷罪で逮捕される場合もある」
「加害者って誰のことです?」
「子供を浚って線路に飛び込んだのは、西山さん、あなたですぞ!」
「子供を浚った? そんなバカな。わしは助けたんですぞ」
西山部長が本気で怒っている。
「ともあれ、大橋さんに似た青年が、北千住東口商店街の飲み屋の常連であったことで大橋さんの名が割れ、その夜の連れが綾部の酒を自慢げに自分の地元の名酒であると語り、綾部市長について褒めたことなどから市役所に問い合わせ、東京出張の西川部長の名が知れたのです」
「それが何故、今日まで極秘に?」
中上専務の質問に、加賀刑事が心持ち声を潜めたが、地声が大きいからドアーの外で耳をそばだてている二人の秘書にも筒抜けで聞こえている。
「実は、この転落事故が犯罪に絡んでいるのです」
小太郎は息を呑み、ドアーの外の二人の秘書は思わず目を見合わせた。