1、招待状

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第九章 それぞれの恋心

 1、招待状

師走に入って寒い日が続き、何度か雪も降ったが市街地の雪は解け、日当たりの悪い場所には雪が残っている。
あれから、西山部長を襲った暗殺者は、顔写真&特徴を載せた大量のチラシの効果もなくどこにも姿を現していない。
暮れも迫った十二月二十三日の夕暮れどき、小太郎が事務所に戻ると加納美紀が笑顔で封書を出した。
「女性からよ!」
商工所気付で大橋小太郎宛てに一通の封書が届いていたのだ。
加納美紀秘書部長が神山紗栄子総務部長を見てウインクし、小太郎の様子を好奇の目でうかがっている。
小太郎は腹を決めた。ここでは、さり気なく振る舞うしかない。わざと乱暴に封を破いて便箋を眺めた。
差出人は市内大島町XX番地のミラクル美容院・蔵林ミツエ、内容はパソコン印字で”DECO”でのクリスマス・ランチ招待状だった。
達筆で手書きの添え書きがある。
「今回の会費は私が持ちますので無料、賭けもありません。返事はここに記載の私の携帯へ・・・」
パーティは二十四日、なんと明日ではないか? これでは人数合わせとしか思えない。
「つまらん招待状だよ」
二人の同僚に毅然とした姿勢を見せるべく、断りの電話を、と、小太郎は携帯を取り出した。
ミツエの携帯に電話を入れると、彼女がすかさず釈明した。
「ご免なさい。急のご案内で」
「今回はお断りします」
「この会はペアーで参加するのが恒例なのね」
「そんな相手もいません」
「うちの人が急に仕事で出られなくなって。そこで、暇そうな大橋さんを誘ったの」
「暇なんかありませんよ。ここは人使いが荒くて」
「でも、お昼の二時間ぐらいなら大丈夫でしょ? それと栄子さんも相手がいないの。あの大きな西山さんは?」
「部長は無理です。あの大本教事件以来、どこにも出ないで小さくなってますよ。おれも何だか気乗りしないです」
「大橋さん! 誰か、デートするお相手でも出来たんですか?」
「残念ながら・・・」
「だったら、あたし達に付き合いなさい。DECOって店は手作りの美味しいケーキが名物なのよ」
「ケーキなんかどこでもあります」
「お店の場所は誰かに聞いて、お昼頃来てください」
「まだ行くなんて言ってません!」
「とにかく、唐沢栄子のお相手にあの大きな部長さんも誘ってね」
ミツエママの強引さに押し切られて、ひとまず小太郎は西山部長に電話を入れた。
どうせ断るだろうとの予測が外れ、西山部長は二つ返事で承諾した。
「家族サービスは後回しだ。DECOなら知ってるから案内してやるぞ!」
こうして二人は、明日のクリスマス・ランチ会に出席することになった。
電話が切れたのを知って、二人の女性部長が顔を見合わせて首を振り、加納美紀が言った。
「大橋さんて、ついてないわねえ。あたし達が誘おうと思ったのに」
「不幸な男って、大橋さんのことみたい」
小太郎が慌てた。
「こっちは明日の夜なら是非にも」
「ダメ、あたし達のパーティも明日のお昼からだから」
「じゃあ、今のを断るから」
「とんでもない。それじゃ、あたし達のお誘いはなかったことにして」
また二人は顔を見合わせて笑った。小太郎をからかったのだ。
「このITビルの前にあるケーキ屋”シャトレーゼ・シラキ”のイチゴケーキを大中小三つ予約してるのよ」
「なんで三つも?」
「中上専務が大家族用で大、あたしが両親と妹とで中、紗栄子総務部長が彼と二人だけの小、以上です」
「いいな。皆さんは家庭的で」
加納美紀秘書部長が小太郎に質問する。
「明日のパーティ、場所はどこ?」
「”どこ”じゃない、DECOだよ」
「でこ? 喫茶店の?」
「そんなの知らんよ」
「きっと、七百石町にある古民家カフェのことね?」
「また古民家か?」
「雰囲気はいいわよ。入口にはいつも花鉢が飾られていて、手書きの看板がしっとりとした親しみを感じさせてくれます」
「それに、江戸時代に使われた古民家の太い黒っぽい梁と漆喰の白壁、このコントラストがいいのよね」
「昔づくりだから、高い天井が開放的で落ち着いた印象を与えてくれて・・・」
「あそこなら小人数での貸し切りも可能だから」
「手作りの焼き菓子が絶品ね。そうだ大橋さん!」
「なんだ? どうした、改まって?」
「あたし達に焼き菓子をお土産にお願いね。中上専務にはどうでもいいから」
そこに、会員企業のパーティに呼ばれていた中上専務理事が足音荒く戻って来た。
中上専務がドアーを開けて室内に入るなり怒鳴った。
「土産をどうしたって?」
さすがは地獄耳の中上専務理事、これでは内緒話も出来ない。