5、金刀比羅(ことひら)講

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5、金刀比羅(ことひら)講

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まだ周囲がうす暗い山里の朝は肌寒いが、さわやかな夜明けだった。
東の空はすでに山々の稜線上をオレンジ色に染めている。
浦入家から金刀比羅様の祭壇を祀る佃村の講元・藤田家までは、さほどの距離でもない。
今朝は小太郎が助手席に、西山隆夫が運転席、後部座席には二日酔いの浦入オジが座っている。
車が発進した途端、西山が喋り始めた。
「祭壇のある家の隣りの隣りが、ノブ伯父のお袋さんの実家なんだよ」
「それじゃ、道は大丈夫ですね?」
「そこの駐車場に車を入れることになってるんだ」
「祭りっていうから派手なんでしょうね?」
浦入オジの耳を気にして小太郎の言葉が少しは丁寧になる。
「タツタの金毘羅祭りは、従来の祭りとは認識が違うからな」
「どのように?」
「ひっそりと静かに遠慮がちに、しかも厳粛に行うところが天下の奇祭なのさ」
「しかし、三ケ村で千年も続けるとなると、一軒で三~四回は順番が回ってくるでしょうね?」
「クジ運次第ですな。この祭りは宝永六年(一七〇九)に武吉村の源兵衛さんが発起人筆頭となって、三村の回り持ちで千年間続けるとして一村が三百三十三回づつ、西暦二千七百九年に武吉村に戻って終了だったかな? どの村でも、祭壇を祀る家は、近年に祭りをした家を除いて公選で決めるんだよ」
「一年間、母屋を祭壇にして来客を迎えるなんて大変な労力と出費ですね。祭壇を拒む家は出ませんか?」
「拒否は出来ない仕組みだから、それが嫌で村を去ってゆく家も今までに何軒もあるらしい」
「新しく移住してきて祭りに参加する家は?」
「そんなモノ好きはいないさ」
西山部長が嘆いた。
「だから、村は過疎化で寂れるばかりで、上林地区が綾部市のお荷物になってるんだ」
「じゃあ何か・・・隆夫は、この金毘羅祭りが過疎化の原因だって言うのか?」
寝ていたと思った浦入オジが後部座席から身を乗り出して喚いた。
「そんなこと言ってないよ。でも、この地区一帯が若者離れで高齢者ばかり、今年の入学児童はゼロなんだよ」
「だったら、隆夫だけで十人ぐらい子供を作ってみろ」
「十人? 生産能力は自信あるけど、家庭問題が・・・」
源六オジがあわてた。
「前言は取り消しだ。無理せんでいい。外で子供でも作られたら大変だ」
空が明るくなって、あちこちのあぜ道や農道を三々五々、人々や車が集まってくる。
曲がりくねった坂道の上に集落があり、坂の中腹に広い平地があって、西川叔父が寒さを感じさせない元気な表情で大きく手を振って車を止めた。
「ここがノブ伯父の母方の実家で、この近くに来た時はそこの駐車場に入れさせてもらうんだ」
平地の奥に広い庭をもつ邸宅があり、西川が家人に一言挨拶をして屋根付き駐車場に車を停めた。
車から降りた小太郎は一瞬、自分の耳と目を疑った。
西山の言う厳粛な祭りどころか、早朝五時なのに派手な音楽が大きな音響で流れている。
「こんぴら舟ふね 追ってに帆かけてシュラシュシュシュ まわれば四国のさんしゅうなかのごう・・・」
つい、口ずさんでしまう威勢のいい曲だから、オリンピックや高校野球にも使えそうだ。
あちこちの家に紅白の曼幕が張られ、参拝客の休憩所や善意の無料駐車場などが見られた。
上から見下ろすと、田畑の畦道や農道を三々五々人々が歩いてくる。
「この隣なりが母方の従兄弟の坂田家で、その隣りの目と鼻の先が祭壇を祀る藤田邸だ」
こんぴら舟ふねの曲も、祭殿を祀った講元の藤田家から流れていたのだ。
「スピカーOKです。テスト終了!」
若者が叫んで音楽が止まり、山里の静寂が戻った。先ほどの大音響はテストだったのだ。
西山叔父が母の実家の隣家の坂田家に立ち寄り、少し足が不自由で杖を手にした従兄弟の坂田オジと並んで姿を現した。隣同士の講元に坂田オジから全員を紹介してもらうというのだ。
農道沿いの山側には品評会用なのか、村人それぞれ自慢の大きなカボチャがずらりと並んでいる。その反対側の道沿いには、大判焼き、焼きそば、小物やおもちゃ、タコ焼き、飲み物などの屋台が軒を並べて並んでいたが、まだ時間が早すぎるのか、どの店もまだ開店前だった。それぞれ品物を並べたり、組み立て中だったりと準備に忙しい。
講元の藤田邸の庭先の敷地から一段下がった冬枯れの田に大きな幟が何本も立てられ、音を立てて風にはためいている。幟には「金刀比羅宮・宝永神社と書かれてある。
寒い朝だが、開けっぱなしの縁側から室内を覗くと、立派な祭壇が設置され、お酒や五穀、有料のお守り、お札や飾り物などが並べられ、奉納金献金者への抽選所もあり、玩具や日用品など沢山の景品が積まれていた。
小太郎は、藤田邸の庭先で昨夜会った先客一人一人に挨拶をした。
未来の総理候補・宮中が小太郎に近付いて真顔で囁いた。
「夕べはノドがひくひくしてたが、あれから存分に飲みましたか?」
「おかげさまで・・・いつどこで寝たかも覚えてません」
それほど飲みたそうな顔に見えたのか? 小太郎は少しだけ恥じたが懲りてはいない。
坂田オジが、祭壇を主催する講元の藤田さんと自治会長ら祭りの幹事数人に、同行者全員を紹介した。これでよそ者全員が、六時から始まる秋季大祭の末席に参加できる。