2、I・Tビル内

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 2、I・Tビル内

午後から本降りになった雨を避けて、商工会議所のあるITビル内は一階も二階も人で溢れていた。
あちこちで背中にAYABEとある緑や青ジャン姿のボランンティアが立ち働いている。
二階の地域産業の展示ブースでは、各社の広報担当が休日出勤で自社製品のPRに余念がない。
大きい布の横幕に三段で「ふれあいフェスター、綾部工業団地、綾部工業団地振興センター」とある。
その下が、いきなり「税金クイズ」コーナーがあって、税務署員らしくない柔和な表情の男達が並んでいる。
「さあさ、寄ってらっしゃい。無料で税に関する小冊子を差し上げますよ」
そこで冊子を受けとろうものなら、すかさず税金クイズを仕掛けるのだが、ここだけは客が近づかない。
ここは、すでに初日に見たところだが「あやべ・ものづくり館」というスペースがある。
綾部産業団地企業各社のPRパネルが壁面を生めるように並び、産業用機械のデモも行われ、ここは黒山の人だかりだ。
課長クラスらしき男性が額の汗を拭きながら熱弁を振るっている。
「当社は、工業用ファスナーと産業用ロボットでは世界有数の技術を誇っております」
親子連れの男の子が目を輝かして感動している。
「機動戦士ガンダムもおじさん達が作ったんだね?」
「いえ、私ども日東精工は、ネジ切りや機械製作用の工業用ロボットを作ってまして」
子連れの中年男がしたり顔に聞く。
「世界の産業界の流れが自動車の次はロボットだそうですね?」
「はあ?」
「アメリカのシリコンバレーにあるロボット関連会社七社がグーグルに接近中とか、あなたの会社もですか?」
「いえ、まだグーグルや関連会社を買収する話はきいてませんが」
「買収する? される話だよ」
「とんでもない。うちの由良会長、塩田社長ならグーグルでも買収します」
「いいのか? そんなデタラメを言って?」
「デタラメではありません。いずれ」
「いずれって、いつだ?」
「一世紀あとか二世紀か。わが社はモノづくりの新しい未来へ!」
さすが綾部を本拠に資本金三十五億円の大会社だけに社員も腹が大きい。
「似顔でも書いてもらうか?」
中年男が呆れて、子供の手を引いて立ち去ったのも無理はない。
肩を叩かれて振り向くと中上専務理事がいた。
「ここも大切だが、もうすぐビンゴ大会だからな」
聞いてもいないのに、説明を始めた。
「商工会議所には青年部や女性会などもあってな」
「どんな部会があるんですか?」
「まず金融部会かな」
「どんな?」
「TAMAってえ人材派遣会社が仕事の紹介で頑張ってくれてるかな」
「そこで人材を紹介する会社は?」
「千差万別だが、一応、どの会社もTAMAの世話になってるはずだ」
「綾部にはどんな会社があるんですか?」
「機械金属部会では、(株)神内電機製作所が工場用クレーンから航空機整備用までの搬送装置
や設備を開発、製造してる。
公栄精密㈱は、工業機械を利用した金属や樹脂の精密な部品加工、省力機械の設計も得意だったな。
(株)三晃商会はフォークリフトなどの板金機械部品を作ってる会社だ。
オムロン(株)は、そこに出ている通りだ。
東陽精工(株)は硬い会社だから、硬い材質で複雑な形状の旋盤、フライス、研削、放電、部品製作で手堅く成功してるよ。
(株)アカツキ製作所は、日本初の水平器や測定工具製造で八十年の歴史がある会社だ。
サント機工(株)は部品加工から設計組立までの産業用機械屋だ。
(株)高倉有光社は自動販売機や冷凍庫製造がメインの会社だ。
(株)トラストは精密な板金プレスや樹脂金型製造販売だが中国・ベトナム・タイでの現地協力で仕事をのばしているところだ。
日東精工(株)は工業用ファスナー、産業用ロボットで有名だ、知ってるな?」
「そこで説明してますから、いやでも聞こえてますよ」
「つぎは・・・」
「またにします。ビンゴに行きますので」
小太郎は、中上専務理事の説明を何も聞いていなかった。
似顔絵コーナーに寄ってみると、そこも大人気で、子供たちがずらーと並んでいて小太郎の割り込む隙はどこにもない。
小太郎が商工会議所の事務所に顔を出すと、加納美紀秘書部長が用意した弁当を差し出した。
「おれ、いらないから上げるよ」
「そう。じゃあ夕飯に頂きます。これ美味しいですよ」
「コンビニ弁当で四百五十円ぐらいだろ?」
「松阪牛の二段重ね、特別製二千五百円です」
「え、二千五百円! B級より少し上って聞いたのに」
「その代り、あたしのビンゴの権利、差し上げます」
見ると、スタンプラリー3ケ所の捺印済み、ビンゴカードとの交換券だった。
「あれ、いつの間に?」
「大きい声出さないでよ。いろいろあるんだから」
とりあえず、まだ満腹だから松阪牛に未練はない。
京セラのブースも人だかりで前が見えない。
なにやら子会社の京セラLSCテクノロジー(株)の製品紹介をしているらしい。
随分と余裕がある会社であるのがこれで分かる。
綾部を発祥の地とするグンゼが地味な展示であるのに引き換え、その右隣のオムロンは主力製品の殆んどをパネルで紹介している。派手な三原色の太い電線を舞台装置に社屋の写真まで載せているのは「カワイ電線」、ゴチャゴチャしていてよく目立つ。
コカ・コーラウエスト株式会社の展示はシンプルだが分かりやすく、日本パッケージトランス(株)は梱包業か倉庫業過か説明が盛りだくさん過ぎて焦点がぼやけている。
味噌会社の看板はいかにも時代がかった漢字の題字で、味噌そのものより芸術性で人目を引いている。
小太郎が一目で気に入ったのは、日東薬品工業のポスターだった。
フェレンツの薬草からなどと芸術の町の遠景をイメージ戦略に用いた上に、ポスターで決めている。
健康そうでいかにも清楚な娘が健康食品の小瓶を両手で左肩に寄せてニッコリ微笑んでいる。
ポスターには大きく赤い字で、「元気なあなたが好き」、これには小太郎も微笑むしかない。
ところが、これに対抗するのがカルビーの「じゃがりこ」綾部工場だった。
これもまた負けず劣らずの美女モデルが、右手につまんだ「じゃがりこ」を今にも口にしようと微笑んでいる。
「はかしたジャガイモを独自の製法で・・・」などの説明は蛇足に過ぎない、ポスターの写真で充分なのだ。
ただ、どうしてもこの二人のポスターに甲乙をつけるならば、見た瞬間のモデルの印象でカルビーは負けている。
日東薬品側は胸が少し開いて体にフィットした純白のサマーセーター、カルビー側は余裕のある茶のスーツにネクタイ、露出度が違う。だが、ジャガイモを強調するならば茶は正解、モデルにもっと田舎っぽい娘を使うべきだ。売り上げは激減するが正直なCMになる。
ところが、そのまた右のブースにある綾部紡績では、自社製の作業服を、そのままハンガーに掛けて壁に吊るして、後の製品はパネルで紹介している。それがまたワイルドでなかなかカッコいいのだ。小太郎もこれを着て仕事をしたいと思った。
この頑丈そうな作業着を見てから、再び若い娘の二枚のポスターを見比べると、なんと茶色のスーツの娘と相性がいいのだ。
綾部紡績が介入することでカルビー娘は健康そうで、健康なはずの白いセーターの娘がきゃしゃでひ弱そうに見える。
でも、小太郎はジャガイモ菓子より「元気なあなたが好き」に軍配を上げた。
それにしても、出展企業の業種はさまざまで一貫性も共通性もない。
(株)山本電気製作所、エーシック(株)、三ツ星ベルト(株)、国産部品工業(株)タマヤ(株)、綾部トーヨーゴム、などが、それぞれ展示に工夫を凝らしていて、見ていて飽きないがビンゴの時間が迫っている。